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横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)33号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

吉原大吉

中尾隆宏

被告

川崎西税務署長 佐々木喜一

右指定代理人

岩田光生

須藤哲右

佐野正美

長谷川良則

屋敷一男

伊藤浩視

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告川崎西税務署長が平成九年六月二五日付けでした原告の平成七年分所得税の更正処分のうち納付すべき税額三億五〇六一万四九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成一一年九月二二日付け変更決定処分で変更された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の行った不動産の譲渡が租税特別措置法の特例に該当しないとして被告が行った所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分について、原告がその取消しを求めた事案である。

一  基礎となる事実(争いがない。)

1  本件土地の譲渡

原告は、平成六年一〇月二六日、別紙一物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同記載二から四の建物(これらの建物と本件土地とを併せて、以下「本件不動産」という。)を、代金二四億七六〇〇万円(内消費税分一三一万九〇六五円)、平成七年一月二四日代金完済と同時に所有権移転登記手続をするとの約定で、A株式会社に譲渡した(以下「本件譲渡」という。)。

2  本件特例の内容

(一) 租税特別措置法(平成八年法律第一七号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条の二(優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例)第一項は、個人が長期保有する土地等を譲渡した場合において、当該譲渡が優良住宅地等のための譲渡に該当するときは、当該譲渡による譲渡所得については、措置法三一条一項の規定にかかわらず、当該譲渡に係る課税長期譲渡所得金額の一〇〇分の一五に相当する所得税の額とする旨を定めている(以下「本件特例」という。)。

(二) 右に規定する優良住宅地等のための譲渡とは、措置法三一条の二第二項各号に掲げる土地等の譲渡に該当することにつき、大蔵省で定めるところにより証明されたものをいう(同項柱書)。

(三) そして、措置法三一条の二第二項一一号は、本件特例に該当する土地等の譲渡の一つとして、一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、当該譲渡に係る土地等が当該一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の用に供されるものを定めている(この土地等の譲渡を、以下「一一号譲渡」という。)。

(四) (二)の大蔵省令である租税特別措置法施行規則(平成八年大蔵省令第一八号による改正前のもの。以下「措置法規則」という。)一三条の三第一項一一号によれば、一一号譲渡に該当することにつき大蔵省で定めるところにより証明されたものとして、本件に即していえば、当該土地等を買い取り、建設を行う者から、次の書類(以下「一一号証明書」という。)の交付を受けて確定申告書に添付することが必要とされている。

イ 中高層の耐火共同住宅の建設に係る規模及び地域に関する事項の記載のある都道府県知事に対する優良な住宅の供給に寄与するものであることの認定の申請書の写し(当該建設に関する事業概要書及び各階平面図並びに当該建設を行う場所及び区域等を明らかにする地形図の添付のあるものに限る。)及び都道府県知事のその認定をしたことを証する書類の写し(同号イ)

ロ 土地等の買取りをする者のその買い取った土地等が右イの都道府県知事の認定に係る中高層の耐火共同住宅の建設を行う区域内に所在し、かつ、当該土地等を中高層の耐火共同住宅の用に供する旨を証する書類(同号ロ)

ハ 中高層の耐火共同住宅に係る建築基準法七条三項に規定する検査済証の写し(同号ハ)

3  確定申告と更正処分

原告は、平成七年分の所得税確定申告(以下「本件確定申告」という。)に際し、本件譲渡につき本件特例の適用があるとして、納付すべき税額を三億五〇六六万円四九〇〇円とする確定申告をした。

前記2のとおり、本件特例の適用を受けるためには、一一号譲渡についていえば一一号証明書の添付を要するところ、原告が被告に提出した平成七年分の所得税確定申告書(本件確定申告書)には、一一号証明書は添付されていなかった。

被告は、本件譲渡には本件特例の適用がないとして、原告の平成七年分所得税について、平成九年六月二五日付けで、新たに納付すべき本税の額を三億四八六六万四九〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を三四八六万六〇〇〇円とする賦課決定を行った。また、被告は、平成一一年九月二二日、右の過少申告加算税額を三四八六万一〇〇〇円とする変更決定をした(この変更決定後の右過少申告加算税賦課決定を、以下「本件賦課決定」という。また、本件更正処分とまとめて、「本件処分」という。)。

4  課税の経緯

本件確定申告、本件更正処分のほか、原告の平成七年分所得税についての異議申立て等の課税の経緯は、別紙二「本件課税処分等の経緯」記載のとおりである。

二  争点と双方の主張

本件の争点は、本件処分の適法性の有無であり、具体的には、本件譲渡が一一号譲渡に該当し、原告が長期譲渡所得の課税の特例を受けられるか否かという点である。争点についての双方の主張は細分化すると以下のとおりである。

1  一一号証明書不添付についてのやむを得ない理由の有無

(被告)

平成一一年一二月一日付けで通達の一部が改正され、本件特例の適用に当たっては、措置法所定の証明書が確定申告書に添付されていない場合であっても、その添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認められ、その後所定の証明書の添付があった場合に限り、右特例の適用を認めて差し支えない旨の取扱い(措置法通達三一の二―三〇)が新たに定められた。ただし、右通達にあるとおり、納税者の責に帰すことができない真にやむを得ない事情ががある場合に限られる。

原告は、本件特例の適用の有無について事前に十分な検討、確認をせず、また、売買契約書及びAから郵送された書類の内容を確認することなく、本件確定申告書を提出した。その後、被告が調査を行う旨の連絡をしてから半年近くが経過してから、ようやく、一一号譲渡であるこを証明するための書類を入手すべき手続に着手し、一一号証明書を被告へ提出していることからすれば、一一号証明書を本件確定申告書に添付できなかったのは、原告が特例適用条項及び添付書類の内容の確認を怠ったためであり、原告の責に帰すべきものというべきである。

(原告)

原告が被告に提出した本件確定申告書には、特例適用条文として、法三一条の二とのみ記載されていた(甲一の一裏面における項号の記載は、申告書控えに後日書き入れたものである。)が、本件譲渡が措置法三一条の二のいずれの項号に該当するかは法の適用の問題であり、課税庁が譲渡の内容と納税者の真意を調査して、適正に指導すべきである。本件において、被告側の担当者は、そのような観点から原告の代理人である乙税理士(以下「乙」という。)とやりとりを行い、一一号証明書を提出させたのである。一一号証明書添付が本件確定申告書後になったことはやむを得ない。

2  一一号証明書不添付の瑕疵の治癒の有無

(原告)

原告は、被告に対し、平成八年二月二六日の本件確定申告時に「譲渡内容についてのお尋ね」に回答を記載した書面その他の書類を、同年一一月二六日に認定済証を、同年一二月一二日に優良住宅認定申請書、建築基準法七条三項の規定による検査済証(建築物)等を提出した。被告は、原告の本件確定申告が本件譲渡に一一号譲渡による本件特例を適用しての申告であるとして、課税要件の有無について実質的な認定作業に入り、実質的な審査をし、実質的な判断をし、本件更正処分に及んだ。さらに、平成九年一二月二日付けの異議決定書の理由中の判断も同様である。

したがって、本件確定申告書に一一号証明書が添付されなかったという瑕疵は治癒されたというべきである。

(被告)

一般に、租税法の規定はみだりに拡張解釈すべきものではないところであるが、特に、本件のような例外的減税措置は、該当者が特別の恩恵を受けるものであることからして、他の一般の納税者との間の公平、中立の観点からしても、その運用、解釈は厳格になされるべきである。本件確定申告書に添付すべき一一号証明書が提出されていなかった以上、本件譲渡に本件特例を適用することはできない。

3  一一号証明書の要否を主張することと信義則違反の有無

(原告)

被告は、本件更正処分及び異議決定において、一一号証明書の添付の有無という手続を理由とすることなく、実質的理由をもって判断した。したがって、被告が、処分時に理由としていなかった一一号証明書の添付の必要を本訴において主張をすることは、信義則上許されない。

(被告)

租税法律関係において、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存在する場合に、信義則の適用の是非が問題になるのであり、右特別な事情が存在するというためには、少なくとも、課税庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的な見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことが必要であると解される。そして、税額算出の根拠となる事実は単なる攻撃防御方法に過ぎないから、課税庁は更正処分の取消訴訟において、更正処分の適法性を維持するため、処分時の認定理由に拘束されることなく、処分理由を差し替えることが許されることを考えると、更正処分、異議決定において示された見解は、更正処分の取消訴訟を提起する関係においては、納税者の信頼の対象となる公的見解には当たらないというべきである。したがって、原処分時及び不服申立時の理由と異なる主張を行っても、信義則違反にはならない。

4  買取人の複数の場合と一一号譲渡該当の有無

(原告)

措置法は、買取人たる法人が他の法人と共同で建設する場合を特例適用から排除していない。本件不動産の買取人であるAは、B株式会社と共同で、本件土地上に建物を建設したのであり、Aは自己の責任において中高層の耐火共同住宅の建設を完成させたことは相違のない事実である。Aは、平成七年九月一三日、Bに対し、本件不動産及び右不動産上に建築する建物の持分(八二万六一五五分の七〇万三四八三)を売り渡したが、残りの持分はその後も所有していたのであり、いわゆる地上げとは異なり、土地を譲り受けて直ちに転売したものではない。

被告は、原告の提出した検査済証についても問題にするが、原告が被告に提出した検査済証は、Aだけではなく、Bも建築主となり、その旨の変更届出をなし、二社共同で建築して完成させた建物の検査済証であり、適正なものである。

(被告)

措置法三一条の二第二項一一号は、買取人の範囲につき、中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人とする旨規定し、当該個人又は法人には、当該建設を行う個人の死亡により当該建設に関する事業を承継した当該個人の相続人又は包括受遺者並びに当該法人の合併により事業を引き継いだ法人に限り含まれると規定していること、法の立法趣旨、立法に至る経緯などからして、右に規定する買取人に該当しない者が当該建物を建設した場合や、当該土地等を取得した者が当該建物の完成前に当該土地等を転売した場合は、一一号譲渡に該当しないというべきである。

そして、本件土地上に建設された建物はAとBが共同して建設したものであるところ、Bは、原告から本件土地の買取りをした法人ではなく、また、Aとの合併により、右建物の建設に係る事業を承継した法人でもない。したがって、AとBが共同して建物を建設した本件において、一一号譲渡に該当することを理由とする本件特例の適用はない。

さらに、原告は、Aのみが建物の建築主であるとも主張するかのようであるところ、これを前提とすると、原告が被告に提出したAとBとの共同名義の検査済証は、建築基準法に規定された適正な申請、届出等に基づいて交付を受けた検査済証ではなく、一一号証明書には当たらないというべきである。

5  本件処分の適否

(被告)

原告の平成七年分所得税についての課税標準及び税額は別紙三のとおりであり、納付すべき所得税額は六億九九二九万九六〇〇円、過少申告加算税額は三四八六万一〇〇〇円である。本件処分の金額はこの範囲内であるから、本件処分は適法である。

(原告)

一一号譲渡に該当するための要件は、土地等の譲渡が中高層の耐火共同住宅の建設を行う法人に対するものであること、及び譲渡された土地等が右趣旨の共同住宅の用に供されることの二点だけであり、それ以外の要件は存在しないから、本件譲渡は一一号譲渡に該当する。

したがって、本件譲渡が一一号譲渡に該当しないとしてされた本件更正処分は違法であり、本件更正処分のうち、被告が平成八年五月二八日付けでした原告の平成七年分所得税の減額更正処分において確定している納付すべき税額三億五〇六一万四九〇〇円を超える部分は取り消されるべきである。

そして、本件更正処分の右部分が取り消されるべきであるから、本件賦課決定も取り消されるべきである。

第三争点に対する判断

一  本件特例の内容(前提問題)

1  措置法三一条の二第一項は、個人が長期保有する土地等を譲渡した場合において、当該譲渡が優良住宅地等のための譲渡に該当するときは、当該譲渡による譲渡所得については、税率を優遇する旨の本件特例を定めている。本件特例は、昭和五四年度税制改正により新設された制度で、個人の長期譲渡所得課税については、地価高騰を抑制するという基本的な枠組みを維持しつつ、増設が迫られながら用地取得難が深刻化している小中学校用地等の公的土地取得の円滑化及び緊要性の高い都市地域における住環境としての望ましい優良住宅地等の供給に寄与する土地等の譲渡に限ってその税負担の軽減化を図るために創設されたものである(弁論の全趣旨)。

そして、措置法三一条の二第二項は「前項に規定する優良住宅地等のための譲渡とは、次に掲げる土地等の譲渡に該当することにつき大蔵省令で定めるところにより証明がされたものをいう。」と規定し、同項一一号は「一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、当該譲渡に係る土地等が当該一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の用に供されるもの」で、「中高層の耐火共同住宅にあっては」その規模につき「政令で定める要件を満たすものであること」(同号ロ)、「都市計画区域内において建設されるものであること」(同号ハ)及び「優良な住宅の供給に寄与するものであることについて知事の認定を受けたものであること」(同号ニ)との要件を満たすものであることを要求している。

さらに、措置法三一条の二第二項に定める大蔵省令である措置法規則一三条の三第一項は「法第三一条の二第二項に規定する大蔵省令で定めるところにより証明がされた土地等の譲渡は、次の各号に掲げる土地等の譲渡の区分に応じ当該各号に定める書類を確定申告書に添付することにより証明がされた土地等の譲渡とする。」と規定し、同項一一号は「当該土地等の買取りをする同号の一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人から交付を受けた次に掲げる書類」として一一号証明書を掲げている。

2  これらの規定により、本件に即していえば、一一号譲渡に該当することを理由に本件特例の適用を受けるためには、まず第一に、中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、当該土地等が当該共同住宅の用に供されるもので、共同住宅の規模につき政令で定める要件を満たすもの等の前記の措置法三一条の二第二項一一号に定める要件に該当するものであることが必要である。右の要件は、いわば、実体的な要件あるいは要証事項ということができる。

次に、一一号譲渡により本件特例の適用を受けるための第二の要件は、右規定の適用を求める者が当該土地等の買取りをする同号の一団の住宅又は中高層の耐火共同住宅の建設を行う個人又は法人から一一号証明書の交付を受けたうえ確定申告書に添付することにより、右譲渡が優良住宅地等のための譲渡である旨の証明がされることが必要である。すなわち、第一の要証事項について、第二にその証明方法、第三にその証明時期が法定されているのである。

単に特例適用のための実体的要件が要求されるだけではなく、その要件に該当する事実の証明方法及び証明時期までが法定されているのは、優良住宅の促進のための土地等の譲渡を優遇するという目的があっても、買取人が真実これを優良住宅建設に用いるとの保障があるわけではないので、その点を担保するためであると考えられる。すなわち、優良住宅地等のための土地の譲渡であるとして特例の適用が申請された場合にこれを適切迅速に処理するために、買取人が当該譲受土地を用いて間違いなく優良住宅を建設したことを確かな方法で証明した書類を譲渡人において買取人から取得して確定申告書に添付したときに限るのが本件特例適用のための一つの有効な方法と考えられるのであり、そのために譲渡人が買取人から一一号証明書の交付を受けて申告書に添付すべきこととして、一一号証明書記載内容どおりに優良住宅建設が実現されることを担保しようとしたものであると解される。もちろん一一号証明書が提出されれば、優良住宅が建設されることが完全に保障されるわけではないが、少なくとも本件特例の適用を受けるための必要な要件とすることにより、相当程度の適正迅速な処理が可能となると期待されるので、このように定められたと解するのが相当である。なお、買取人の事業が買取後長期間経過後に完成するような場合には、譲渡人は、確定優良住宅地等の予定地のための譲渡(措置法三一条の二第三項)として別の特例条項の適用を検討することとなる。

したがって、第二の証明方法及び証明時期の要件も、本件特例を受けるための要件として、第一の実体的要件(要証事項)と同様に無視できないものであると解するべきである。

そして、一般に、租税法の規定はみだりに拡張解釈すべきものではないところであるが、特に、本件のような例外的減税措置は、当該者が特別の恩恵を受けるものであることから、その運用、解釈は法規の文言及び趣旨に照らし厳格になされるべきである。

3  原告は、「一一号譲渡に該当するための要件は、土地等の譲渡が中高層の耐火共同住宅の建設を行う法人に対するものであること、譲渡された土地等が右趣旨の共同住宅の用に供されることの二点だけであり、それ以外の要件は存在しないから、本件譲渡は一一号譲渡に該当する。」旨を主張する。

これは、証明対象事項が法三一条の二第二項一一号に定めるものであり、それが何らかの方法で証明されれば足り、その証明方法及び証明時期は問わないという考え方であると思われる。しかし、前記2のとおり、証明方法及び証明時期も措置法及び措置法規則に定められており、そこで定められた方法によらなければ本件特例の適用は受けられないというのが措置法及び措置法規則の趣旨であると解するのが相当であり、原告の右主張は採用することができない。

4  本件特例の趣旨については以上のように解するべきであるところ、本件譲渡に伴う原告の平成七年分所得税についての本件確定申告書には、一一号証明書が全く添付されていなかったのであるから、本件譲渡が一一号譲渡に該当することを理由とする本件特例の適用はないというほかない。

原告は、これに対し、証明書の不添付につき、やむを得ない事情があったこと及び不添付の瑕疵が治癒された等を主張するので、以下、項を分けてこの点を検討する。

二  一一号証明書不添付についてのやむを得ない事由の有無(争点1)(以下、事実認定については、認定事実の前後に認定に用いた主な証拠を適宜記載する。)

1  平成一一年一二月一日付けで、「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」通達(昭和四六年八月二六日付け直資四―五ほか国税庁長官通達)の一部が改正され、本件特例の適用に当たっては、一一号証明書が確定申告書に添付されていない場合であっても、その添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認められ、その後当該書類の提出があった場合に限り、右特例の適用を認めて差し支えない旨の取扱い(措置法通達三一の二―三〇)が新たに定められた(乙一五)。この通達が平成八年二月二六日にされた本件確定申告について当然に遡及適用されるべきであるとの理由があるわけではない。ただし、右通達の趣旨は、証明書の添付がなかったことについてやむを得ない事情があり、その後証明書を追加提出することができたというような案件について、あまりに形式的かつ厳格に特例の適用不適用の扱いを行ってはかえって不平等が生じるので、そのようなことを避ける趣旨のものと思われる。そして、右通達発出前の本件についても、後記のとおり、被告の担当者が、証明書不添付を理由に直ちに特例不適用との結論を出すのではなく、原告側に誤解がないか確認したり、必要な書類の提出を促したりしており、従前から右通達の趣旨に準じた運用をする例もあったとうかがえるので、本件譲渡がこの通達による要件を満たすものであるかどうかを検討することとする。

2  本件確定申告書及び添付書類の提出について、第二の一の基礎となる事実及び証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告とAとの間で作成された本件不動産の売買契約書には、特約事項(第一四条)として、「買主は売買不動産について、租税特別措置法施行規則第三一条の二第一項七号のイ及びロに定める書類を売主に交付するものとする。但し、交付期日として、同法期間内とする。」と記載されている(甲一〇)。ただし、「租税特別措置法施行規則三一条の二第一項…」は「租税特別措置法三一条の二第二項…」あるいは「租税特別措置法施行規則一三条の三第一項…」の誤記と思われる。

(二) 右のように、売買契約書に「租税特別措置法施行規則第三一条の二第一項七号」と記載されているのは、当時、原告の依頼により本件不動産の売買交渉などに関わっていた宅地建物取引業者(株式会社Cの代表者である丙)やAの担当者が本件譲渡には措置法三一条の二第二項七号が適用されると認識していたことをうかがわせる(乙二の三、弁論の全趣旨)。なお、原告本人は、措置法による長期譲渡所得の課税の特例を受けたいとの希望を有していたものの、その具体的な適用要件、手続の詳細などについての知識はなかった(乙三、六)。

(三) 原告と以前から友人関係にあった乙は、昭和六二年頃以降継続的に原告の確定申告の手続を行ってきた者であるが、本件確定申告書の提出日の半月前である平成八年二月一一日頃、本件確定申告の件で原告宅を訪れた際、初めて具体的な税務申告との関連で本件譲渡のことについて原告から相談を受けた。その時、乙は、原告から売買契約書を見せられたが、特例の適用を受けるのに必要な書類が存在しなかったため、本件確定申告書裏面の特例摘要欄及び確定申告書添付の「譲渡内容についてのお尋ね」の特例適用条文欄に各「措置法三一条の二」と記載し、平成八年二月二六日に被告に提出した。右の適用条文欄には、項及び号等は記載されておらず、また、本件確定申告書には一一号書面等の措置法規則一三条の三第一項所定の証明書は添付されていなかった(基礎となる事実、甲一の一・二)。なお、その時点において、乙は、本件譲渡が措置法三一条の二第二項の何号に該当するかについての調査、確認などの作業をしていなかった。((三)全体につき、乙一、四)

(四) 被告所部係官の後藤謙昌事務官(以下「後藤事務官」という。)は、本件確定申告書が提出された後の平成八年四月一一日頃乙に対し、本件譲渡に関して電話連絡をした。

その後、原告は、被告に対し、同年一一月二六日ころに優良住宅の供給に寄与するものであることの「認定済証」(甲七の二)を、同年一二月一二日ころに「優良住宅認定申請書」(甲七の一)及び「建築基準法第七条三項の規定による検査済証(建築物)」(甲九)を提出した(争いがない。)。これらの書類は原告がAの協力を得て取得したものであるが、右書類の提出が本件確定申告から九か月後以降の右時点になされたことについて、原告側がAからそれらの書類を入手するのに困難な事情があったようなことはない(乙一、乙二ないし三、乙三から五、弁論の全趣旨)。ちなみに、検査済証の作成日付は平成八年三月一五日であり(甲九)、本件確定申告についての申告期限までにこれを添付することが可能であったとうかがわれる。

3  ところで、原告は、売買代金の総額が二四億円を超える巨額な取引である本件譲渡を行ったのであるから、本件譲渡につき措置法により課税の特例を受けたいという希望を有していたならば、本件譲渡契約締結に先立ち、右特例の適用要件、手続などについて自ら又は他人に依頼するなどして自己の責任において調査することが要求されるというべきである。現に、2に認定のとおり、原告には以前から継続的に確定申告の手続を依頼している税の専門家の友人の乙などもいたのであるから、一一号証明書等の証明書を添付する意思があれば、適正な書面の添付が可能であったかどうかは別として、それ自体はさほど困難なことではなかったということができる。ところが、2のとおり本件において、原告又は乙はそのような調査あるいは手続をするための準備を行っておらず、それが主な原因となって、一一号証明書が本件確定申告書に添付されなかったものと認められる。

そうすると、仮に本件に1の通達をあてはめたとしても、一一号証明書が本件確定申告書に添付されなかったことについて原告にやむを得ない事情があったとは到底認められない。

三  一一号証明書不添付の瑕疵の治癒の有無(争点2)

1  二2(四)のとおり、本件確定申告書提出後に、後藤事務官から問い合わせがあり、一一号証明書としての書類が被告に提出されたが、この提出に被告の係官がどのように関与したか、また証明書不添付に被告がどのような態度を取ったか等について、次の事実が認められる。

(一) 本件確定申告後の平成八年六月一七日、乙は、被告署内において担当者の大久保武見事務官(以下「大久保事務官」という。)と面談した際、同事務官から、Aが本件土地の約九〇パーセントをBに売却していることを知らされ、さらに、本件確定申告に記載した特例事由は都市計画法によるものか優良住宅地認定によるものかAに問い合わせるようにとの指示を受けた(争いのない事実)。

そこで、乙は、直ちにAの丁に問い合わせ、回答を得たうえ、大久保事務官に対し、優良住宅地認定によるものと報告した(乙四)。

(二) 平成八年八月二〇日、大久保事務官から乙に対し、Aが建物の建設途中でBに本件土地を売却しているため優良住宅地認定の適用がないのではないかとの指摘があり、それに関連する資料(甲一二)がファクシミリにより送信された(争いのない事実)。

(三) 原告は被告に対し平成八年一二月一二日ころに「優良住宅認定申請書」(甲七の一)及び「建築基準法第七条三項の規定による検査済証(建築物)」(甲九)を提出したが、これは、大久保事務官が乙に対し右提出を促したことに基づく(乙四)。

(四) 平成八年一二月二四日、大久保事務官から乙に対し、「東京国税局が本件譲渡について特例の適用はないとの結論を出した」との連絡があり、その後結局平成九年六月二五日に本件更正処分がなされた(争いのない事実)。

本件更正処分の通知書には、「この処分の理由」として、「租税特別措置法第三一条の二に該当しないため」と記載されていた(甲二)。

(五) 原告は異議申立てをし、被告は、平成九年一二月二日付異議決定(甲四)をもって、検査済証に建築主でないBも建築主と記載されている点において正当なものではないとして、特例の適用を否定し、原告の異議申立てを棄却した。

(六) なお、原告の国税不服審判所長に対する審査請求について、同所長は、本件確定申告書に一一号証明書の添付がなく、本件譲渡は一一号譲渡とは認められず、また、信義則違反の主張は理由がないとして審査請求を棄却した(甲六)。

3  右2のとおり、被告の担当者は、本件確定申告後に原告側と連絡を取り、確定申告に記載された特例はどの条項に基づくものか明らかにさせ、その後、原告側が明らかにした一一号譲渡を適用するのに必要な書類の提出を促すなどしたこと、被告の担当者は、原告側に対し、本件確定申告書に一一号証明書の添付がなかったことを理由として、一一号譲渡該当に基づく特例を適用するのが困難であるという態度を明示することはなかったこと、本件更正処分においては、「租税特別措置法第三一条の二に該当しないため」と記載されていたに過ぎないが、異議決定においては、被告は、本件確定申告書に一一号証明書の添付がなかったという手続的な点ではなく、検査済証の作成名義人にBが加わっているという点を理由として一2のとおりの実体的要件に関わる判断をしたことが認められる。

ところで、瑕疵の治癒が認められるためには、瑕疵があることを前提としてそれと異なる態度が表明されたといったことが必要である。右のとおり本件確定申告後本件処分までの間に被告の係官が原告側に連絡を取って指示等をしたという経緯はあるが、これらの指示や事務連絡は、本件確定申告の当否を調査して更正処分を行うための確認作業の面もあり、証明書不添付という瑕疵があることを前提としてそれと異なる態度が取られたものと断定することはできない。また、本件更正処分においては、「租税特別措置法第三一条の二に該当しないため」とされているだけであるから、証明書不添付という瑕疵があるとの判断がされたとも、またそれを前提としてそれと異なる判断がされたとも、断定することはできない。さらに、異議決定については次のように解される。すなわち、一般に複数の要件のすべてが認められて初めて一定の法律効果が生ずる場合において、そのうちの一つの要件が認められないときには、それだけをもって、当該効果が生じないとの結論を導くことも行われるところであり、そのような場合には、他の要件の有無については判断されていないのはいうまでもない。これに対して、他の要件は満たされているが当該一つの要件が満たされていないから当該効果が発生しないとの判断がされる場合もあり、両者は異なる。これを本件における異議決定について見ると、異議決定は、本件特例適用の実体的要件について買取人が優良住宅の建設をする場合でなければならないという解釈を前提に、検査済証が買取人であるAだけでなくBとの共同名義で作成されていることを指摘し、それをもって特例の適用がないとしており、他の要件には全く触れていないから、異議決定の立場は、一一号証明書が添付されていないことについて何ら触れておらず、その不添付の点に瑕疵があるとも、ないとも判断していないというべきである。したがって、このような異議決定をもって、一一号証明書不添付という瑕疵があったにもかかわらず、これを不問に付し、これと異なる理由をもって特例の適用がないとの判断を行ったと評価することはできない。そして、他に、本件確定申告書に一一号証明書が添付されなかったとうい瑕疵が治癒されたとの事実を認めるに足りる証拠はない。以上から、原告の主張は採用できない。

四  信義則違反の有無(争点3)

原告は、被告が本件更正処分及び異議決定において理由としていないことを本訴において主張をすることは、信義則上許されないと主張する。

しかし、前記三3のとおり、本件更正処分及び異議決定において、一一号証明書不添付を問題としないという判断がされたと断定することは相当ではない。さらに、一般に少なくともいわゆる白色申告者に対する更正処分の取消訴訟において、課税庁は、処分を根拠づける理由として、更正、審査決定において考慮されなかった事実を新たに主張することは可能であると解される。そうすると、一一号証明書の不添付を被告が本訴において主張をすることは何ら信義則上許されないことではなく、原告の冒頭の主張は採用できない。

五  本件処分の適否(争点5)

以上のとおりであるから、本件譲渡には一一号譲渡を理由とする本件特例の適用はないのであり、これを前提として原告の平成七年分所得税の課税標準及び税額は別紙三のとおりとなると認められる。したがって、この金額の範囲内でされた本件処分に原告主張の違法はない。

第四結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 家原尚秀)

別紙一

物件目録

一 所在地番 東京都板橋区高島平

地目   宅地

地積   三五五四・九二平方メートル

二 所在地番 右同所

家屋番号

種類   倉庫

構造   鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺平屋

床面積  一一〇四・〇〇平方メートル

三 所在地番 右同所

家屋番号

種類   倉庫

構造   鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺平屋

床面積  一一〇四・〇〇平方メートル

四 所在地番 右同所

家屋番号

種類   倉庫

構造   鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積  一階 五七・八三平方メートル

二階 五七・八三平方メートル

五 所在地番 北海道檜山郡厚沢部町館町

地目   山林

地積   一〇三八七四平方メートル

持分 二分の一

五 所在地番 右同所

地目   原野

地積   一五三〇〇平方メートル

持分 二分の一

別紙二

本件課税処分等の経緯

〈省略〉

別紙三

本件処分の根拠(本訴における被告の主張)

1 本件更正処分の根拠

被告が、本訴において主張する原告の平成七年分の所得税の課税標準及び税額は次のとおりである。

(一) 総所得金額 △三〇三万七四三八円

右金額は、原告の平成七年中に不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額であり、原告の確定申告額と同額である。

なお、所得税法六九条(損益通産)一項及び措置法三一条六項二号の規定により、右損失の金額をもって各種所得の金額から控除し、総所得金額は零円とするのが正しいところであるが、便宜上、原告の確定申告額と同様に主張する。

(二) 分離課税の長期譲渡所得金額 二三億四一三四万三五一円

右金額は、後記(1)の譲渡収入金額から(2)の取得費、(3)の譲渡費用及び(4)の特別控除額を控除した額である。

なお、原告が譲渡した別紙物件目録記載の各土地及び各建物(以下同目録記載の一の土地を「本件土地」、二ないし四の建物を「本件建物」、本件土地及び本件建物を併せて「本件不動産」といい、また、五及び六の土地を「訴外物件」という。)は、いずれも譲渡した年の平成七年一月一日において所有期間が五年を超えるので、各土地及び建物の譲渡による譲渡所得は、長期譲渡所得として分離課税の対象となる(措置法三一条一項及び三項)。

(1) 譲渡収入金額 二四億七八〇〇万円

右金額は、原告が平成七年一月二四日に本件不動産を訴外A建設株式会社に譲渡したことによる譲渡収入金額二四億七六〇〇万円と、同年一月二六日に訴外物件を訴外丁に譲渡したことによる譲渡収入金額二〇〇万円とを合計した金額であり、原告の確定申告額と同額である。

(2) 取得費 一億三二五六万四八四九円

右金額は、原告が本件不動産及び訴外物件を取得するに際し要した費用であり、次のアないしウの金額の合計額である。

ア 本件土地の取得費 一億二一五三万五六〇五円

措置法三一条の四第一項において、個人が昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していた土地等又は建物等を譲渡した場合における長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除する取得費は、所得税法三六条及び六一条の規定にかかわらず当該収入金額の一〇〇分の五に相当する金額とする旨規定されているところ、本件土地は、原告が昭和四七年八月二三日に取得し、引き続き所有してきたものであるが、昭和二八年一月一日以降に取得した土地建物等の取得費の計算についても措置法三一条の四第一項の規定に準じて計算しても差し支えないものとされている(租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱について通達三一の四―一。ただし、平成六年一二月一九日課資三―一ほかによる改正後のもの)。

したがって、本件土地の取得費については、措置法三一条の四第一項の規定が適用されるところ、右金額は、本件不動産に係る譲渡収入金額二四億七六〇〇万円から、本件建物に係る消費税額から割り戻した本件建物の譲渡収入金額四三九六万八八三三円及び本件建物に係る消費税額一三一万九〇六五円を控除した本件土地分の譲渡収入金額二四億三〇七一万二一〇二円の一〇〇分の五に相当する金額として計算した金額である。

イ 本件建物の収得費 七五一万五八八四円

右金額は、原告が昭和四九年二月二八日に右建物を新築し、右建物の建築に要した金額から賃貸期間に対応する減価償却費を控除した後の未償却残高であり、原告の確定申告額と同額である。

ウ 訴外物件の取得費 三五一万三三六〇円

右金額は、原告が昭和四九年四月二五日に右土地を訴外有限会社Dから購入した際に要した費用であり、原告の確定申告額と同額である。

(3) 譲渡費用 三〇九万四八〇〇円

右金額は、原告が本件不動産をAに譲渡した際に要した仲介手数料等の費用であり、原告の確定申告額と同額である。

(4) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条五項に規定する金額である。

(三) 納付すべき所得税額 六億九九二九万九六〇〇円

右金額は、後記(1)の金額から(2)の金額を控除した金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(1) 分離課税の長期譲渡所得金額に対する税額

六億九九三四万九六〇〇円

右金額は、原告の分離課税の長期譲渡所得の金額二三億四一三四万三五一円から前記(一)の不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額三〇三万七四三八円を控除した後の金額二三億三八三〇万二九一三円から、さらに、所得控除の額の合計額四七万円を控除した後の課税分離長期譲渡所得金額二三億三七八三万二〇〇〇円(通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)が、措置法三一条一項二号に規定する課税長期譲渡所得金額が四〇〇〇万円を超える場合に該当し、一〇〇〇万円と当該課税長期譲渡所得金額から四〇〇〇万円を控除した金額に税率三〇パーセントを乗じて計算した金額の合計額である。

(2) 特別減税額

右金額は、平成七年分所得税の特別減税のための臨時措置法四条の規定に基づき控除される金額である。

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